こんな本を読みました。
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不完全なレンズで
2011年06月01日 (水) 11:26 | 編集
不完全なレンズで―回想と肖像不完全なレンズで―回想と肖像
(2010/09/20)
ロベール ドアノー

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不完全なレンズで 回想と肖像」(ロベール・ドアノー/月曜社)読了。

 ロベール・ドアノーは言わずと知れたあのドアノー、素晴らしいスナップショットを数多く残したあの写真家のドアノーです。

 翻訳者が芥川賞作家、堀江敏幸というのも読みどころです。

 写真家ドアノーが自ら過去の様々なエピソードを語るという、自伝のようなものです。
 なぜ故、「ようなもの」などという中途半端な表現になるかっつーと、この文章が一筋縄ではいかない、独特の言い回し続出で、ユニークというか、詩的というか、とにかく、わかりやすく何かを説明しようという気が窺えないちょっと変わった旋律をもっているのです。
 地名や人名が何の断りもなく出てくるのは当たり前、時代も前後の脈絡も見失いがち。

 堀江さんのあとがきに、この本の出来上がりの過程が詳しく載っているので、まずはそちらを参照していただきたいです。

 とまぁ、なんだかんだ言っても、その長いキャリアから来る交際範囲の広さとエピソードの豊富さ、ただスナップを撮っていただけの爺さんだと思ったら大間違いの技術的蘊蓄など、読みどころ満載の内容なので、広く広くたくさんの人におすすめしたい本です。

 日本語版の制作者は、原書にはない注や写真をふんだんに入れて、なんとか読者の理解を助けようと努力しており、好感がもてます。

 分かりにくい文章とはいえ、やはりそこはドアノー、きらりと光る言葉がそこかしこに散見され、写真好きの心を鷲掴みにしてくれます。

 スナップショットの達人としての自分をバッサリとこう表現しています。

 この私は陰険な密漁者なのだ。(p.273)



 また、パリの郊外を撮った写真を人に見せた時の反応を、自虐的かつユーモアたっぷりに書いています。

 郊外地区のエキゾチスムや土地の人々の服装を見せようとしても、そういう絵はがきは、ほんのわずかしかなかった。だから、自分で撮影せざるをえなかったのだ。
 私はそれらを、郊外人たちにおずおずと見せた。目にしたのは、まったき関心の欠如だけだった。宝の発見者としての私の歓びは、ひとさまに伝わるようなものではなかったのである。(p.89-90)



 さらに、暗室作業についての記述も。

 ラボの光源に身を置くと、自分が犯した誤りについてじっくりと考えることができるのだ。
 それは、マスクを小刻みに動かし、露光を加減しながらおこなう一種の曲芸だが、最後の一枚を残してゴミ箱行きとなった印画紙の量の半端なさから考えると、ケチくさい人々にはおすすめできない作業である。(p.268-269)



 この有名なピカソの写真を撮った時の話も出てきます。
 写真自体の知名度があまりにも高い一方で、撮影者が誰だか知らなかったという人も多いでしょう。
ピカソ-ドアノー

 すばらしく機嫌がよさそうだったので、思い切って、彼の皿の両側にパンをひとつずつ置いてみた。望んだとおりのしぐさをしてくれた、テーブルぎりぎりに両腕を置き、その先にパンがあるような格好をして。(p.168)





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北野武による「たけし」
2011年02月12日 (土) 22:05 | 編集
Kitano par Kitano 北野武による「たけし」Kitano par Kitano 北野武による「たけし」
(2010/07/07)
北野武、ミシェル・テマン 他

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 『北野武による「たけし」』(北野武 ミシェル・テマン/早川書房)読了。

 フランスの日刊紙リベラシオンの記者であるミシェル・テマン氏が、四年近くのあいだに四十数回の会合をおこなったという、インタビュー集です。
 先にフランスで出版されたものの、翻訳です。

 日本語→フランス語→日本語、という二回の翻訳の結果、多少違和感のあるしゃべり口調ですが、北野武氏に多少でも興味のある人ならば必読の、中身の濃い書物でしょう。

 自分の生い立ちから、自ら監督した映画一本一本の解説、好きな映画監督について、美術について、アフリカとの関わり(身銭を切った援助)など、非常に興味深い内容です。

 『デルス・ウザーラ』が俺にとっちゃ、黒澤映画の最高の作品。映像は崇高で、自然のシーンがそれは見事に描かれてるの。(p.225)


 この「デルス・ウザーラ」、最近読んだ堀江敏幸の「おぱらばん」の中の一編に出てくるのです。
 実は黒澤明はほとんど観ているはずなのに、なぜかこれだけは未見なのでした。
 この奇妙なシンクロニシティーはなんなのか?
 今観ておくべき映画という啓示でしょうか。
 本書とは関係ない部分で妙に気になるのでした。



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暴走族だった僕が大統領シェフになるまで
2010年02月07日 (日) 21:39 | 編集
暴走族だった僕が大統領シェフになるまで暴走族だった僕が大統領シェフになるまで
(2009/09/19)
山本 秀正

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 「暴走族だった僕が大統領シェフになるまで」(山本秀正/新潮社)読了。

 大学に三日しか行かず中退し、特にやりたいことも思いつかない若者が、料理の勉強をして、アメリカで料理人として成功するというサクセスストーリーです。

 レーガン大統領のパーティーを取り仕切った日から遡って、ほんの10年前、僕は大学に三日しか通わず、湘南の海でサーフィンにうつつを抜かしていた。
 その三年前には、暴走族の一員だった。今は俳優として活躍されている舘ひろしさんや岩城滉一さんと知り合い、バイクを疾走させて得意になっていたのである。
 こんな男が、リッツ・カールトンの総料理長になるなんて、誰も想像できるはずがないではないか。(p.34)



 著者は、父親から料理人になるように命令され、仕方なくその世界に入っていくのですが、料理人の素質があったというべきか、子供のころから食に対する感性はちょっと変わってました。

 友達は、お小遣いをもらうと駄菓子屋さんへ走り、舌がピンクに染まる梅ジャムや、当たりくじ付きのガム、酢漬けイカなどを喜んで食べていたが、僕は10円もらったら迷わず八百屋さんへ行って、キュウリを買い、塩や味噌をつけてもらって丸かじりした。
 駄菓子よりもキュウリのほうがよほど美味しいと思ったのだ。(p.37)



 1956年、東京生まれ。
 イタリアの国立料理学校を卒業後、フランス料理の巨匠ロジェ・ヴェルジェの世界的な名店『ル・ムーラン・ドゥ・ムージャン』で働いたのち、24歳で帰国してすぐ六本木の「ボルサリーノ」でメインシェフとなります。
 やはり実力があったのか、チャレンジ精神も旺盛で、ビバリーヒルズで新たに開店するレストランからの誘いを受け渡米、その後、『ザ・リッツ・カールトン ワシントンD.C.』の総料理長として引き抜かれます。

 『ザ・リッツ・カールトン ワシントンD.C.』の総料理長に着任して3ヶ月後、若干28歳で、アメリカ合衆国第40代大統領、ロナルド・レーガンの就任パーティーで250名の招待客へコース料理を供しました。

 ワシントンでの10年の後ちょっと省略して、2005年帰国。
 『マンダリンオリエンタル東京』初代総料理長に就任し、ホテル内の五つのレストランのうち三つが星を獲得。

 ・・・とまぁ、凄い人生なのです。

 著者の人生が興味深いだけでなく、ホテル経営の裏側や、有名人とのエピソード、料理のちょっとしたトリビアなど、読みどころが多く、非常に面白かったです。


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すべては宇宙の采配
2009年10月19日 (月) 22:20 | 編集
すべては宇宙の采配すべては宇宙の采配
(2009/07)
木村 秋則

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 「すべては宇宙の采配」(木村秋則/東邦出版)読了。

 著者の木村さんは、数年前NHKの 「プロフェッショナル 仕事の流儀」 という番組で紹介されたのを観てから、ずっと気になっていた人物です。
 絶対に不可能だと言われていた、無農薬・無肥料でのりんごの栽培を成功させた人です。

 本書にはその栽培が成功するまでの御苦労と、りんご栽培には直接関係ないかに思える不思議体験が書かれています。

 無農薬・無肥料栽培に挑戦し始めた頃は、全く収穫のない極貧の日々が何年も続きました。

 税金が払えず、畑が差し押さえられ、りんごの木に「移動禁止」と赤紙を張られました。家族が食べるお米を作っていた、2反あった田んぼも手放してしまい、きょう食べるものにも事欠くようになりました。(p.92)



 自殺を考えて山に登り、そこで実がなっている野生の木から、決定的なヒントを得るくだりはTVにあった通りなのですが、それでも読んでいて非常に感動的です。
 自分の畑の土は固いのに、その場所の木の根元はふかふかで、尚且ついい香りが漂っていました。
 大切なのは目に見えるところだけではない、土と土の中なのだと木村さんは言います。
 それは人生のあらゆる場面で当てはまる、真理でもあるのです。

 無農薬・無肥料の意義や、無理解な周囲との戦いなども興味深く読ませるのですが、本書のもう一つの目玉が、木村さんの神秘体験です。

 龍が昇って行くのを見た話や、UFOの目撃、さらに宇宙人らしき連中との遭遇など、りんごの話も吹っ飛ぶインパクトです。

 はたして現実か、夢か、幻覚か
 もうこれは読んでもらい、各々が判断してもらうしかないです。
 特にラストのエピソードは、読後にいつまでも不可思議な余韻が長く続きます。

 内容は確かに胡散臭いのですが、木村さんの人柄からくる文体の所為でしょうか、木村さん自身も「なんでこんな不思議なことが起こるのかなぁ」というスタンスで書かれていますし、嫌な感じは受けません。

 どのような辛い体験も不思議体験も、良い方へ良い方へと解釈し、自分のりんご栽培を推し進めるための原動力にしてしまう、木村さんのプラス思考が凄いです。
 こういう人じゃないと「奇跡」は起こせないのだろうとただただ感嘆です。

 出来事それ自体より、それをどう受け止め解釈するかという、脳みその中の後処理の方が重要なんじゃないかと思えてきます。

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天才になる!
2007年09月29日 (土) 22:24 | 編集
天才になる! (講談社現代新書) 天才になる! (講談社現代新書)
荒木 経惟 (1997/09)
講談社

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 「天才になる!」(荒木経惟/講談社現代新書)読了。

 天才アラーキーの自伝といっていいでしょう。
 少年時代から写真家として一本立ちするまでが、詳しく書かれてます。
 写真家・荒木経惟に写真評論家・飯沢耕太郎が行ったロングインタヴューをまとめたものだそうです。

 特別大ファンというわけではなく、気になる写真家の一人という感じで、断片的なエピソードをちょこっと知っているという程度だったのですが、ちゃんと系統だって読んでいくと、やはり凄い人だなーと思わされます。

 知らなかったことがいろいろ出てきて、それらにいちいち感心させられてしまう。
 特に学生時代の、写真雑誌への月例コンテスト。
 毎月入選し、賞金目当てのアルバイト感覚だったそうっす。
 その入選作が数枚載っているのが、貴重な資料でもあるでしょう。

 表現者は向こうなんだよ。表現しているのは被写体っていうことなんだ。だから向こうが表現しているものを複写すればいい。(p.123)


 おおっ、いいこと言うなー。
 結局、この感覚がすべてだとおもう。
 自分が光っている・自分の力で作品を作っているというんじゃなく、相手が光っている・相手の力で作品は成り立つのだ、という感覚。
 これは単なる謙虚さというのではなく、写真の本質であり、このことに意識的にならなければ、写真の世界では決して頂上は極められないと思う。

 アラーキーの面白いのは、こういう感覚に一方の足を置きつつ、片や自分のやっていることを「小説」になぞらえているところです。

 要するにオレにとっては、写真だからっていうことじゃなくて、何かを表現するときにいちばんかっこいい、粋なのは小説だっていう感じなんだ。それを文字でやるか、写真でやるかっていう違いだけっていうふうにオレはとらえているんだよ。(p.189)


 「小説」であるなら、それは、自分の内なるものの表現であり、「表現しているのは被写体」という主張とは矛盾するのでは
 と、揚げ足を取るのではなく、この不可解さというか複雑さが、アラーキーの作品世界を面白くしているのだろう・・・と考えてみるべきではないでしょうか。
 んー、無理やりこじつけてみると・・・、撮影中は「表現しているのは被写体」であり、写真をならべたりキャプションを付ける段階で「小説」へと変化していくのだろうか・・・なーんて。

 今までより真剣に、もう一度アラーキーの写真や写真集を見返してみるかという気持ちになりました。
ガッザの涙
2006年07月13日 (木) 23:08 | 編集
ガッザの涙―フットボーラーポール・ガスコイン自伝 ガッザの涙
フットボーラー ポール・ガスコイン自伝

東本 貢司、ポール・ガスコイン 他 (2006/05)
カンゼン

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一度でもガッザと同じチームでプレーしてその人柄とパフォーマンスに触れようものなら、もう彼と恋に落ちずにいられない
 デイヴィッド・ベッカム


 「ガッザの涙フットボーラーポール・ガスコイン自伝」(ポール・ガスコイン/カンゼン)読了。

 ワールドカップの余韻覚めやらぬ今日この頃ですが、サッカー関連本といいますか、ガスコインの自伝を読みました。
 2005年度の英国最優秀スポーツブック賞を受賞したベストセラーということですが、日本ではあまり話題になってないのかな。
 最近サッカーを見始めた人はピンとこないかもしれませんが、もの凄いプレーヤーだったのです。
 破天荒な私生活でいろいろ話題にもなりました。

 本書は彼のサッカー人生を振り返るだけでなく、その生い立ちやら起こした事件の真相・メチャクチャぶりがたっぷり語られてます。

 ピッチでのパフォーマンスの素晴らしさ、大胆さからは想像もつかない私生活にまずは驚かされます。
 幼いころ、自分がちょっと目を離した隙に、友人の弟が交通事故に会い死んでしまう、という悲劇に見舞われ、そのことに延々苦しみ、トラウマになってしまう。
 とにかく気が小さくて、くよくよ悩み、それから逃れる為に悪さをし、酒を飲み、後年ドラッグにも手を出してしまう。
 大胆さの裏にあるガラスのハートがとにかく痛々しいしいのです。
 何でもかんでも正直に書かれているので、何かセラピーというか治療の一環として書いているのではとすら思ってしまう。
 アル中、妻への暴力、少年時代の万引き等々、きちんと書く。

 僕は病気に罹っていた。今こそ、それがよくわかる。アルコール中毒のことじゃない。少し違う。それは原因というよりむしろ結果だ。ぼくがこれまでの人生を通して患ってきたのは、心の病だった。(p.28)


 医者に訊いた。正気を失うまでに何がどうなってどれだけ時間がかかるのか。自殺するとしたら何がきっかけになるのか。きっとその時が来たんだ、と思い込んでいた。(p.248)


 そうだ。ぼくは突き飛ばす以上のもっとひどいことをした前科がある。腕をねじり上げたことや、そう、イタリアでは彼女の頭を床に叩きつけたこともあった。自分でも何がなんだかわからない。気分が落ち込むと、いつの間にか一番愛している人に八つ当たりしてしまう。(p.272)



 そういう地獄の中で、フットボールでは最高のプレーヤーとして活躍。
 プロになり、イングランド代表に招集され、ワールドカップ90、イタリアへの移籍、スコットランドのレインジャーズで最盛期を迎え、ユーロ96・・・、とまあ、着実にスーパースターにのし上がっていく。
 けっして悪い人間ではなく、友人も多いガスコインの有名選手との交流や試合のエピソードなども本書の魅力でしょう。

 リネカーとプレーするのは最高だった。ぼくらは一連のサインプレーを編み出した。ぼくがボールを持っていると彼が敵のゴールの方に顎を振る。自分が前に走り込むからそれに合わせてロブをあげろ……。実際には“逆”の意味で、上がるとみせかけて止まり、戻ってくる彼に、ぼくがショートパスを出すという寸法だ。彼が指をくるくる回すジェスチャーをしたら、それはバックラインの裏を突くという意味で、彼は身を翻して突っ込んでいく。(p.176)



 実は1967年生まれというのは、ワシと同い年なのです。
 っつーことで、親近感が湧く一方、もう人生を振り返り、金がないと嘆く文章には悲しくなってしまう。
 まだまだそんな年じゃなかろ。
 がんばれ、ガスコイン。


くたばれハリウッド
2004年01月12日 (月) 21:26 | 編集
くたばれ!ハリウッド (文春文庫)くたばれ!ハリウッド (文春文庫)
(2003/08)
ロバート エヴァンズ

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くたばれハリウッド」(ロバート・エヴァンズ/文春文庫)読了。

 過去数々の名作を世に送り出し、現在も現役の映画プロデューサーである、ロバート・エヴァンズの自伝。
 メチャ面白く、映画に興味がある人もない人も必読と推薦いたします。

 「ゴッドファーザー」、「ある愛の歌」、「ローズマリーの赤ちゃん」、「マラソンマン」など数々の映画を製作してきた人物で、その製作秘話やら、有名人との友情やら裏切りやら、もういろいろてんこ盛りの内容だっ。

 プロデューサー、監督、編集という仕事の分担というイマイチよく分からなかった部分が、本書を読んで少しすっきりするという特典も付く。
 最後の編集作業の重要性がよく分かります。

 どこを切っても面白いのですが、特に「ゴッドファーザー」や「コットンクラブ」を巡るコッポラとの確執など興味深いです。

 ものすげーイヤな奴だなコッポラは! という印象が後に残りますが、エヴァンズが一方的に書いてることだから話半分として、それでも相当イヤな野郎だコッポラは!。

 エヴァンズ自身は映画の成功により名誉は手にするものの、パラマウントのサラリーマンだったため、金銭的には恵まれず、さらに実際にはまるで関係なかった殺人事件に関するスキャンダルで一気に転落、そしてまた復活と、凄まじいジェットコースター人生を送っております。

 とにかくこいつは面白い、おもしろい、オモシロイと三回書いてしまおう。
 値段が\1,200円とお高いですが、それだけ出す価値ありです。


 ドキュメンタリーとして映像化
くたばれ!ハリウッド [DVD]くたばれ!ハリウッド [DVD]
(2004/03/26)
ロバート・エヴァンズ、ジャック・ニコルソン 他

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