こんな本を読みました。
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ほんとうの環境問題
2009年02月13日 (金) 22:18 | 編集
ほんとうの環境問題ほんとうの環境問題
(2008/03)
池田 清彦養老 孟司

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 「ほんとうの環境問題」(池田清彦 養老孟司/新潮社)読了。

 巷では、二酸化炭素の排出を抑えて、地球の温暖化を防ごうという大キャンペーンが吹き荒れてますが、その風潮に真っ向から対立する内容の本です。

 例えば、食料の増産という角度から見ると、二酸化炭素の濃度と温度が高くなれば、植物の光合成の速度が速くなり、植物の生産性が上がるという。実際、恐竜がいた時代は、植物の生産性が高かったから、あのような巨大な生物が養えていたという理屈。
 また、京都議定書を守るために、日本は年間一兆円もつぎ込んでいるが、本書の計算によれば、温度上昇抑制に貢献できるのはなんとたったの0.004℃。
 さらに、

 気温が1℃上昇しただけでマラリア感染症の危険が増すということを言う人もいる。しかしそれもウソである。たとえば日本でも江戸時代までは本州の北のほう(山形など)でさえマラリア感染症の例は多かった。現在は当時より温暖化しているはずだが、いま日本ではマラリア感染者は見られない。マラリア感染の危険があるかないかというのは衛生的なインフラ整備がされているかどうかの問題であり、気温との直接的な関係はないのだから当然である。(p.119)



 題名に「環境問題」とあるぐらいなので、ゴミの分別問題、エネルギー問題なども広く取り上げられてます。
 とにかく、こんな物の見方があったのかと感心してしまいます。
 屁理屈といえば屁理屈的な話もあるのでしょうが、片寄った情報で洗脳されるかの如く信じ込まされていた事柄に、きっぱりと異議申し立てがなされており、痛快ですらあります。

 日本は省エネが進んでいるので、これ以上経済成長を続けながら二酸化炭素排出を減らすというのは無理。
 となると、他国から排出権を買う以外に京都議定書を守ることができないのです。
 温暖化の問題は、排出権取引ビジネスで儲けようというEUの思惑に、日本がのせられてしまったという部分がかなりあるようです。

 温暖化も海水面の上昇も、本書を読むと大した問題ではないように書かれてます。
 結局のところ、何が本当の問題で、どこにどれだけの予算をつぎ込むべきなのか、ちゃんとした科学的な議論がなされているのでしょうか。
 本書の内容を頭から信じ込むのも危険な気がしますが、かといって、温暖化ってどこまで進んでどれほど危険なのか、何を信じてよいのか、本当に悩んでしまいます。
貧困の終焉
2006年07月29日 (土) 17:30 | 編集
貧困の終焉―2025年までに世界を変える 貧困の終焉―2025年までに世界を変える
ジェフリー サックス (2006/04)
早川書房

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 「貧困の終焉」(ジェフリー・サックス/早川書房)読了。

 著者は29歳でハーバード大学教授に就任したという超秀才で、現在はコロンビア大学地球研究所所長。
 ボリビアから始まり、ポーランド、ロシア、中国、インドその他、たくさんの途上国で経済顧問を務め、貧困にあえぐ国々が「経済開発の梯子」に足を掛ける手助けをしてきた人。
 <タイム>は「最も影響力のある百人の指導者」に選んだこともあるという。
 U2のボノが序文を寄せており、「偉大なエコノミストで、この数年来、私の教師でもある。いずれ、私のサインよりも彼のサインのほうがずっと価値が上がるだろう。」(p.30) というほどの人らしいです。
 ボノが序文を書いているというだけの理由で、興味が湧き、読み始めたのですが、いやー読んでよかったです。

 内容はそのものズバリ、我々の世代は世界の貧困を終らせることが出来るというもの。

 アフリカなど極度の貧困に陥っている地域では、一日に二万人以上の人々が死んでいっている。
 ワシらのような素人、もしかするとこれを読んでいるあなたも、「こういう状況は実に絶望的であり、支援するといってもとてもできっこない、こっちが破産してしまうよ」とよく考えもせず思い込んでしまっているのではないでしょうか。

 本書を読めばそういう考えがいかに間違っているか、どれほど安上がりに世界を変えられるのかが分かります。

 前半は、数年前まで貧困国で、成長など無理だと思われていた国々がどのように経済発展を遂げてきたのか、具体的な例として読ませます。
 貧困に喘ぐ理由が、歴史や地理的条件など様々で、医者が患者を観察し診療するように、経済も個別に鑑別診断し対処しなくてはならないということが納得できます。
 そして、その国にあったやり方で援助し、「開発の梯子」に足を掛けさえすれば、後は自力で成長できるということが証明されるのです。

 後段、いまだ貧困から抜け出せない国々をどのように援助すればよいのか、それは実行可能なプランなのかが詳細に検討されます。
 そして結論から言えば、先進諸国がGNPの0.7パーセントを援助し続ければ、2025年までに世界は変えられるのだという。
 ここで言う援助とは、ただ際限なくお金を恵むということではなく、貧困国に「開発の梯子」の最初の一段目に足を掛けさせる手助けをするということなのだ。

 アフリカの一部地域では、マラリアを媒介する蚊を防ぐ為の蚊帳すら買えないくらい貧しいのだ。
 蚊帳を吊るしさえすれば、マラリアの90パーセントは防げるのだという。
 マラリアやエイズやその他貧困からくる病で働き手を失った村では、食料の生産が出来ず、収穫できてもあっという間に食べつくされてしまう。

 援助は様々な形で行われなければ意味がない。

 近代的な農法を取り入れ、肥料をまき、雨水を溜めたり、灌漑したり、畑を改良し収穫量を増やす。
 医療や当面の食糧援助で働き手の栄養状態を改善しなくてはならない。
 農地改良の為のテクノロジーを使いこなす為には、教育の水準を上げなくてはならない。
 収穫が増えれば、余った分を市場に出して、現金を手にすることも出来るようになる。
 収穫を市場に出す為には、道路や交通手段や、構成な経済ルールも必要になる。

 こういったことが「梯子」の最初の一段なのです。

 一旦経済成長が始まれば、後は現地の人たちの努力で経済は回ってゆく。
 畑からの収穫で現金収入を得られるようになれば、更なるインフラの整備に投資したり、子供に高いレベルの教育を受けさせることが出来る。
 まともな市場が生れれば、農業以外の仕事の種類も量も増えるので、さらに経済の規模は拡大してゆく。 

 単純に「農地」に注目するだけでもこのようなシナリオが可能なのです。
 これはおとぎ話でもなんでもなく、ここ数年の先進国のテクノロジーの進歩と蓄積された富みがそれを実現可能にするのだ。
 このために必要な予算は先進国のGNPの0.7パーセント(国民所得10ドルにつきわずか7セント)でよいという。
 そして、国連の場でそれを出すと約束しておきながら、実際には出し渋っているという現実。

 我々は、人類の歴史上初めて、貧困を終らせることが出来る世代なのだ。
 あとは、やると決意して実行するかどうかだけ。
 もしそれをしないのなら、貧困に苦しむ人たちに向かって「あなたたちには、そんな価値はない」と言ってるのと同じだと、読者に熱く訴えてきます。

 専門化が重箱の隅をつつけば、この数字は間違っているとか、いろいろあるでしょうが、この本はそういう難癖を吹き飛ばすくらい熱い内容が読者に迫ってきます。
 ぜひとも、一人でも多くの人に読んでいただきたい本です。
 本書は最後に以下のような、ロバート。・ケネディの言葉で締めくくられます。

 勇気と信念にもとづく無数の行為によって人類の歴史は作られる。人は理想のために立ちあがり、人類の幸福のために行動し、不正に対してこぶしを振りあげる。そのたびに、人は小さな希望のさざ波を送りだす。そのさざ波は、エネルギーと勇気にあふれた他の無数の中心から生まれたさざ波と交差する。そのとき、これらのさざ波は一つの流れとなり、圧制と妨害の巨大な壁を押しながすだろう。(p.501)



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