![]() | 貧困の終焉―2025年までに世界を変える ジェフリー サックス (2006/04) 早川書房 この商品の詳細を見る |
「貧困の終焉」(ジェフリー・サックス/早川書房)読了。
著者は29歳でハーバード大学教授に就任したという超秀才で、現在はコロンビア大学地球研究所所長。
ボリビアから始まり、ポーランド、ロシア、中国、インドその他、たくさんの途上国で経済顧問を務め、貧困にあえぐ国々が「経済開発の梯子」に足を掛ける手助けをしてきた人。
<タイム>は「最も影響力のある百人の指導者」に選んだこともあるという。
U2のボノが序文を寄せており、「偉大なエコノミストで、この数年来、私の教師でもある。いずれ、私のサインよりも彼のサインのほうがずっと価値が上がるだろう。」(p.30) というほどの人らしいです。
ボノが序文を書いているというだけの理由で、興味が湧き、読み始めたのですが、いやー読んでよかったです。
内容はそのものズバリ、我々の世代は世界の貧困を終らせることが出来る!というもの。
アフリカなど極度の貧困に陥っている地域では、一日に二万人以上の人々が死んでいっている。
ワシらのような素人、もしかするとこれを読んでいるあなたも、「こういう状況は実に絶望的であり、支援するといってもとてもできっこない、こっちが破産してしまうよ」とよく考えもせず思い込んでしまっているのではないでしょうか。
本書を読めばそういう考えがいかに間違っているか、どれほど安上がりに世界を変えられるのかが分かります。
前半は、数年前まで貧困国で、成長など無理だと思われていた国々がどのように経済発展を遂げてきたのか、具体的な例として読ませます。
貧困に喘ぐ理由が、歴史や地理的条件など様々で、医者が患者を観察し診療するように、経済も個別に鑑別診断し対処しなくてはならないということが納得できます。
そして、その国にあったやり方で援助し、「開発の梯子」に足を掛けさえすれば、後は自力で成長できるということが証明されるのです。
後段、いまだ貧困から抜け出せない国々をどのように援助すればよいのか、それは実行可能なプランなのかが詳細に検討されます。
そして結論から言えば、先進諸国がGNPの0.7パーセントを援助し続ければ、2025年までに世界は変えられるのだという。
ここで言う援助とは、ただ際限なくお金を恵むということではなく、貧困国に「開発の梯子」の最初の一段目に足を掛けさせる手助けをするということなのだ。
アフリカの一部地域では、マラリアを媒介する蚊を防ぐ為の蚊帳すら買えないくらい貧しいのだ。
蚊帳を吊るしさえすれば、マラリアの90パーセントは防げるのだという。
マラリアやエイズやその他貧困からくる病で働き手を失った村では、食料の生産が出来ず、収穫できてもあっという間に食べつくされてしまう。
援助は様々な形で行われなければ意味がない。
近代的な農法を取り入れ、肥料をまき、雨水を溜めたり、灌漑したり、畑を改良し収穫量を増やす。
医療や当面の食糧援助で働き手の栄養状態を改善しなくてはならない。
農地改良の為のテクノロジーを使いこなす為には、教育の水準を上げなくてはならない。
収穫が増えれば、余った分を市場に出して、現金を手にすることも出来るようになる。
収穫を市場に出す為には、道路や交通手段や、構成な経済ルールも必要になる。
こういったことが「梯子」の最初の一段なのです。
一旦経済成長が始まれば、後は現地の人たちの努力で経済は回ってゆく。
畑からの収穫で現金収入を得られるようになれば、更なるインフラの整備に投資したり、子供に高いレベルの教育を受けさせることが出来る。
まともな市場が生れれば、農業以外の仕事の種類も量も増えるので、さらに経済の規模は拡大してゆく。
単純に「農地」に注目するだけでもこのようなシナリオが可能なのです。
これはおとぎ話でもなんでもなく、ここ数年の先進国のテクノロジーの進歩と蓄積された富みがそれを実現可能にするのだ。
このために必要な予算は先進国のGNPの0.7パーセント(国民所得10ドルにつきわずか7セント)でよいという。
そして、国連の場でそれを出すと約束しておきながら、実際には出し渋っているという現実。
我々は、人類の歴史上初めて、貧困を終らせることが出来る世代なのだ。
あとは、やると決意して実行するかどうかだけ。
もしそれをしないのなら、貧困に苦しむ人たちに向かって「あなたたちには、そんな価値はない」と言ってるのと同じだと、読者に熱く訴えてきます。
専門化が重箱の隅をつつけば、この数字は間違っているとか、いろいろあるでしょうが、この本はそういう難癖を吹き飛ばすくらい熱い内容が読者に迫ってきます。
ぜひとも、一人でも多くの人に読んでいただきたい本です。
本書は最後に以下のような、ロバート。・ケネディの言葉で締めくくられます。
勇気と信念にもとづく無数の行為によって人類の歴史は作られる。人は理想のために立ちあがり、人類の幸福のために行動し、不正に対してこぶしを振りあげる。そのたびに、人は小さな希望のさざ波を送りだす。そのさざ波は、エネルギーと勇気にあふれた他の無数の中心から生まれたさざ波と交差する。そのとき、これらのさざ波は一つの流れとなり、圧制と妨害の巨大な壁を押しながすだろう。(p.501)
![]() | プロ脳 児玉 光雄 (2006/03) アスコム この商品の詳細を見る |
「プロ脳」(児玉光雄/アスコム)読了。
各界の一流の人間たちの名言から、その思考パターンを解説し、なおかつ、ワシらの人生のヒントというかアドバイスもくれるという、実に親切な本です。
見開きで、右のページに有名人の言葉、左のページに著者の解説という構成で、とても見やすいです。
名言の部分はさすがに著名人の言葉だけにどれも奥が深く、これを読んでいくだけでも、非常に充実した時間が過ごせます。
左側で著者の書いていることは、自己啓発本的説教臭さが多々ありで、そういうところは適当に読み飛ばしとこう・・・。
「大事なシュートを失敗しても、僕はその原因を考えたことは一度もない。なぜなら、失敗した原因をあれこれ考えると、必ずいつも否定的な結果を考えるようになってしまうからだ」
マイケル・ジョーダン
「試験で点数を取る秀才を何千人束ねても、一人のアインシュタインにはならない。このように、科学は、強烈な個性の発揮である」
江崎玲於奈
「私は発想に行き詰ると、海辺や川に釣り糸を垂れに行く。波や風や光からアイデアが釣れるからだ」
トーマス・エジソン
傾聴。
![]() | ガッザの涙 フットボーラー ポール・ガスコイン自伝 東本 貢司、ポール・ガスコイン 他 (2006/05) カンゼン この商品の詳細を見る |
「一度でもガッザと同じチームでプレーしてその人柄とパフォーマンスに触れようものなら、もう彼と恋に落ちずにいられない」
デイヴィッド・ベッカム
「ガッザの涙―フットボーラーポール・ガスコイン自伝」(ポール・ガスコイン/カンゼン)読了。
ワールドカップの余韻覚めやらぬ今日この頃ですが、サッカー関連本といいますか、ガスコインの自伝を読みました。
2005年度の英国最優秀スポーツブック賞を受賞したベストセラーということですが、日本ではあまり話題になってないのかな。
最近サッカーを見始めた人はピンとこないかもしれませんが、もの凄いプレーヤーだったのです。
破天荒な私生活でいろいろ話題にもなりました。
本書は彼のサッカー人生を振り返るだけでなく、その生い立ちやら起こした事件の真相・メチャクチャぶりがたっぷり語られてます。
ピッチでのパフォーマンスの素晴らしさ、大胆さからは想像もつかない私生活にまずは驚かされます。
幼いころ、自分がちょっと目を離した隙に、友人の弟が交通事故に会い死んでしまう、という悲劇に見舞われ、そのことに延々苦しみ、トラウマになってしまう。
とにかく気が小さくて、くよくよ悩み、それから逃れる為に悪さをし、酒を飲み、後年ドラッグにも手を出してしまう。
大胆さの裏にあるガラスのハートがとにかく痛々しいしいのです。
何でもかんでも正直に書かれているので、何かセラピーというか治療の一環として書いているのでは?とすら思ってしまう。
アル中、妻への暴力、少年時代の万引き等々、きちんと書く。
僕は病気に罹っていた。今こそ、それがよくわかる。アルコール中毒のことじゃない。少し違う。それは原因というよりむしろ結果だ。ぼくがこれまでの人生を通して患ってきたのは、心の病だった。(p.28)
医者に訊いた。正気を失うまでに何がどうなってどれだけ時間がかかるのか。自殺するとしたら何がきっかけになるのか。きっとその時が来たんだ、と思い込んでいた。(p.248)
そうだ。ぼくは突き飛ばす以上のもっとひどいことをした前科がある。腕をねじり上げたことや、そう、イタリアでは彼女の頭を床に叩きつけたこともあった。自分でも何がなんだかわからない。気分が落ち込むと、いつの間にか一番愛している人に八つ当たりしてしまう。(p.272)
そういう地獄の中で、フットボールでは最高のプレーヤーとして活躍。
プロになり、イングランド代表に招集され、ワールドカップ90、イタリアへの移籍、スコットランドのレインジャーズで最盛期を迎え、ユーロ96・・・、とまあ、着実にスーパースターにのし上がっていく。
けっして悪い人間ではなく、友人も多いガスコインの有名選手との交流や試合のエピソードなども本書の魅力でしょう。
リネカーとプレーするのは最高だった。ぼくらは一連のサインプレーを編み出した。ぼくがボールを持っていると彼が敵のゴールの方に顎を振る。自分が前に走り込むからそれに合わせてロブをあげろ……。実際には“逆”の意味で、上がるとみせかけて止まり、戻ってくる彼に、ぼくがショートパスを出すという寸法だ。彼が指をくるくる回すジェスチャーをしたら、それはバックラインの裏を突くという意味で、彼は身を翻して突っ込んでいく。(p.176)
実は1967年生まれというのは、ワシと同い年なのです。
っつーことで、親近感が湧く一方、もう人生を振り返り、金がないと嘆く文章には悲しくなってしまう。
まだまだそんな年じゃなかろ。
がんばれ、ガスコイン。



