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踏みはずす美術史
2007年09月09日 (日) 12:08 | 編集
踏みはずす美術史―私がモナ・リザになったわけ (講談社現代新書) 踏みはずす美術史―私がモナ・リザになったわけ (講談社現代新書)
森村 泰昌 (1998/05)
講談社

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 「踏みはずす美術史 私がモナ・リザになったわけ」(森村泰昌/講談社現代新書)読了。

 著者は名作絵画に入り込むセルフポートレートで有名な現代美術家です。
 ずいぶんと昔から活躍しており、何度となく目にしているわけですが、何が面白いのか、どう面白がればよいのか、まるで分からなかったのです。
 その謎が少しは解けるだろうかと思い、購入してみました。

 森村さんは、美術に接する上で「美術史や芸術学の専門用語」という道具が重くて使いこなせないかったのだという。
 そこで、発想の転換をし、自分に使いやすい道具を使えばよいのでは、と思いつきます。

 まず、美術を見るときは、「考えるな」という。
 「感覚の互換性」というキーワードで話が進みます。
 かつて、カンディンスキーは「私は音楽を見る。そして絵を聴くのだ」と語ったのだそうです。
 感覚の互換性を「見る」と「聴く」の間だけではなく、絵を食べるとか、絵を着るとかいう感覚にまで広げてみよう。
 抽象画を見たときに、「あんなものはプリントされた柄だ」と思ってみる。
 服やカーテンを選ぶときの感覚で、絵を見たらどうでしょう。

 ・・・そしてここからが本番。
 美術というものが着るものだとしたら、ただ着るのではなく、着こなさなくてはならない。
 結果、「名作絵画に入り込むセルフポートレート」というアイデアに辿り着くのでした。
 ゴッホやレンブラントとソックリになるのではなく、それを引き寄せ「私自身の外形や心境に向こうが似るようにと、ゴッホやレンブラントを改造するのです。(p.31)」

 第二章の、森村さんがモナ・リザになっていく過程がくわしく解説されるのですが、これが実にスリリングっす。
 例えば、モナリザになりきるため、着ている服を知ろうとするのですが、オリジナルのモナ・リザは暗くて変色がはなはだしく、何を着ているのかよく分からない。
 そこで、モナリザの絵がそれほど変色していなかった時代の模写を参考に服の色や材質を決めていくのです。
 モナ・リザを着るためには、漠然とモナ・リザを見ているだけでは気づかない、細かいところまで観察しなくてはならず、深い深い理解が必要になるのでした。
 森村さんがやっている仕事の意味と面白みが段々と理解できてきます。

 第三章以降、岡本太郎や、ウォーホル、シンディ・シャーマン(なんと交友があるのだという)について書いてあり、どれも興味深い内容でした。
 なんとなく買った本だけど、これは掘り出し物でした。面白かった

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