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天才になる!
2007年09月29日 (土) 22:24 | 編集
天才になる! (講談社現代新書) 天才になる! (講談社現代新書)
荒木 経惟 (1997/09)
講談社

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 「天才になる!」(荒木経惟/講談社現代新書)読了。

 天才アラーキーの自伝といっていいでしょう。
 少年時代から写真家として一本立ちするまでが、詳しく書かれてます。
 写真家・荒木経惟に写真評論家・飯沢耕太郎が行ったロングインタヴューをまとめたものだそうです。

 特別大ファンというわけではなく、気になる写真家の一人という感じで、断片的なエピソードをちょこっと知っているという程度だったのですが、ちゃんと系統だって読んでいくと、やはり凄い人だなーと思わされます。

 知らなかったことがいろいろ出てきて、それらにいちいち感心させられてしまう。
 特に学生時代の、写真雑誌への月例コンテスト。
 毎月入選し、賞金目当てのアルバイト感覚だったそうっす。
 その入選作が数枚載っているのが、貴重な資料でもあるでしょう。

 表現者は向こうなんだよ。表現しているのは被写体っていうことなんだ。だから向こうが表現しているものを複写すればいい。(p.123)


 おおっ、いいこと言うなー。
 結局、この感覚がすべてだとおもう。
 自分が光っている・自分の力で作品を作っているというんじゃなく、相手が光っている・相手の力で作品は成り立つのだ、という感覚。
 これは単なる謙虚さというのではなく、写真の本質であり、このことに意識的にならなければ、写真の世界では決して頂上は極められないと思う。

 アラーキーの面白いのは、こういう感覚に一方の足を置きつつ、片や自分のやっていることを「小説」になぞらえているところです。

 要するにオレにとっては、写真だからっていうことじゃなくて、何かを表現するときにいちばんかっこいい、粋なのは小説だっていう感じなんだ。それを文字でやるか、写真でやるかっていう違いだけっていうふうにオレはとらえているんだよ。(p.189)


 「小説」であるなら、それは、自分の内なるものの表現であり、「表現しているのは被写体」という主張とは矛盾するのでは
 と、揚げ足を取るのではなく、この不可解さというか複雑さが、アラーキーの作品世界を面白くしているのだろう・・・と考えてみるべきではないでしょうか。
 んー、無理やりこじつけてみると・・・、撮影中は「表現しているのは被写体」であり、写真をならべたりキャプションを付ける段階で「小説」へと変化していくのだろうか・・・なーんて。

 今までより真剣に、もう一度アラーキーの写真や写真集を見返してみるかという気持ちになりました。
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