2006年05月03日 (水) 22:34 | 編集
![]() | ツチヤ教授の哲学講義 土屋 賢二 (2005/12) 岩波書店 この商品の詳細を見る |
「ツチヤ教授の哲学講義」(土屋賢二/岩波書店)読了。
「連休中だっつーのに、なにつまらないもの読んでいるんだ」 と言われそうですが、もうすぐで読み終わりそうだったので、頑張って読みきってしまいました。
ユーモアあふれるエッセイで有名な、土屋教授の講義を元にした本です。
哲学のことを何も知らない生徒にする哲学入門の話で、とても面白かったです。
ちょいと繰り返しが過ぎて、クドイ!という印象の箇所もあるにはあるのですが、とにかくちゃんと判らせたい、という真摯な姿勢に好感が持てます。
後半のウィトゲンシュタインの話が進むに従い、どんどん白熱して行き、伝記でも読んでみたくなりました。
有名な 「語り得ないものについては沈黙しなくてはならない」 という、実に当たり前な言葉がありますが、この当たり前の言葉の重み、含蓄の深さがわかりました。
人は誰でも「自分の人生に何か意味があるのか」、「善や悪とはなにか」 などと疑問を持ち、答えが出なくて苦しみます。
苦しい時、安易に宗教などに走りがちです。
「祈り方が足りない」、「この壷とおふだを買えばよくなります」 とか、現実をぱっと飛び越えると、訳が判らないながら、なんとなく納得してしまう。
考えるのが面倒。考え方がわからない。わかり易い説明にとにかく飛びつく。
が、それでいいのか。
スーパー頭のいい連中が、紀元前から様々な疑問や悩みに真剣に取り組んできて、完璧に答えられてはいないにせよ、ある程度の成果が出ています。
せっかくのそういう成果を、自分の人生に活かさないという手はないんじゃないか。
一人では、考えても考えても先に進まないということはあります。
自分の頭にある脳味噌とは違う脳味噌は、どのように考えたのか、どんな風に議論を組み立てていったのかを知ることは、とてもスリリングで、世界がわーーっと広がっていくようなエクスタシーがあります。
この本を読んで、哲学ってのは 「考えるテクニックを教えてくれる学問」 なのではないか、と思いました。
結局、ウィトゲンシュタインにいたっては、「すべての哲学的問題は答えることができない」 などという身も蓋もない結論に至ったりしてるのですが、「どうしてそういう結論に至ったのか?」 についての土屋先生の解説、考え方の道のりがとてもオモシロイのです。
哲学に関するなーんの知識もないというワシのような人間は、まずこういう哲学の入門書を読んでみるとよいと思う。
あるとき、ハイデガーという人が 『存在と時間』 という本を書いたということを授業で教わって、「存在と時間」 という組み合わせって、なんて深遠なんだろうと思いました。ぼくはそのときに、東大の文化一類という法学部に進むコースに入っていて、法学部を出て官僚になって人生をスイスイわたっていこうと思っていたんですけれども、そんなに深遠なことを何も知らないまま死んでいってもいいのかと思ったんですね。どんなに面白おかしく人生を過ごしても、そういう深遠なことを何も知らなかったら、ものすごく重要なことを見落としたまま、一生を過ごすことになるんじゃないかと思ったんです。(p.10-11)
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