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今こそアーレントを読み直す
2009年07月04日 (土) 22:04 | 編集
今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)
(2009/05/19)
仲正 昌樹

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 「今こそアーレントを読み直す」(仲正昌樹/講談社現代新書)読了。

 ハンナ・アーレントは1906年にドイツに生まれたドイツ系ユダヤ人で、ナチスによるユダヤ人迫害を逃れアメリカに亡命、1975年に亡くなった政治哲学者・思想家です。

 「自由」という言葉が一つのキーワードになっています。
 人間は自由に生きる権利を持っており、(特に日本とかアメリカとか先進国に生まれた人間は)実際に自由である、とワシらは単純に思っていますが、それは間違いであるということ。

 人類はもともと「自由」に労働していたのに、「階級」が生まれ、搾取するもの/されるものという仕組み出来上がってしまった。
 この階級制度という障害物を取り除く「革命」を遂行することによって、人類は「解放」され再び「自由」となる。

 アーレントはこういうフランス革命やマルクス主義の考え方を批判しています。
 解放されても人々は結局社会で生きていく中で、物質的な利害をめぐる競争や対立を繰り返すことになる。
 疲れ果てた人々は様々な問題を一挙に解決してくれる「答え」を求めるようになり、自分たち代わりに考えてくれる「指導者」に群れのようについて行きたいと願望するようになる。
 そういう不安に駆られた大衆を、何らかの理想へと導くかのような姿勢を見せる政党の典型が、ナチスやソ連共産党なのだという。
 フランス革命でもロシア革命でも、自分たちの信じた「善」に反する人々には凄まじい恐怖政治を布きました。

 利害のために「善」の探求を放棄してもダメだし、特定の「善」の観念に囚われすぎてもダメなのである。両極のいずれかに偏ってしまうことなく、「善とは何か?」についてオープンに討議し続けることが重要だ。(p.17)



 着地点がないのが着地点ですというような、分かりにくさがアーレントの特徴で、エンドレスに討議し続けるということは、永遠に答えが出ないっつーことです。

 誰の世界観が一番ましで、信用できるかが問題ではない。そういう発想自体がズレている。肝心なのは、各人が自分なりの世界観を持ってしまうのは不可避であることを自覚したうえで、それが「現実」に対する唯一の説明ではないことを認めることである。他の物語も成立し得ることを最低限認めていれば、アーレントの描き出す「全体主義化」の図式に完全に取り込まれることはないだろう。他の物語の可能性を完全に拒絶すると、思考停止になり、同じタイプの物語にだけ耳を傾け、同じパターンの反応を繰り返す動物的な存在になっていく。(p.57-58)



 物質的な欠乏状態あるいは、暴力による抑圧状態から「解放」されたヒトが、そのことに満足してしまい、自らの属する政治的共同体にとっての「共通善」を探求することを止めてしまったら、そのヒトは「自由」だとは言えない。「共通善」をめぐる果てしなき討論の中で、「人間」としての「自由」が現われてくるのである。(p.125)


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